灸は補う!

懲罰じゃないんです!

報道で軽々しく灸に例えてコメントする輩がいるんで、腹が立つんです。

 

選挙が近くなると、特に気になる言葉。

「キツイ灸をすえられた…」という比喩表現。

いわゆる国民の審判を「キツイ灸」と表現しているんですね。

軽々しく使われて何回も立腹し、報道へ電話をしたこともあります。

 

 

実は、論理的には、落選を「キツイ灸」と表現すること自体が、現象をあらわしていないのです。

灸は治療手段であり、積極的に関与する行動なのです。

 

それに対して、選挙で落選する人は、積極的な投票行動を受けられない人です。

すなわち、落選は、灸をすえられたのではなく、灸を受けられなかった人に起こる現象なのです。

 

有権者の1票の力は小さなものです。

これは、コメ粒程度の小さな灸の1壮のようなものです。

このように考えるなら、沢山の票をもらうことは、たくさんの灸を受けるのに似ています。(いわゆる多壮灸)

 

これは、伝統医学的には、たくさんの気を補ってもらったことになります。(私は多壮灸は、補法であると考えています。)

つまり、多くの気を集めたからこそ当選したってことです。

沢山の灸をすえられた人(票を集めた人)には、たくさんの気が充実し、人々のために尽力できる能力が発揮できるはずです。

 

そもそも、灸を懲罰的にとらえること自体に間違いがあり、論理的に破たんしていると言わざるを得ません。

しつこいようですが、落選する人は、灸を受けられなかった人です!